スピーチセラピスト (カリフォルニア在住13年)
鑓溝(やりみぞ)純子

3回 IEPに至るまで

 

 

 先月のコラムでは、SpEd (Special Education) のイニシャル用語をふんだんにご紹介しましたが、そのうちの1つ”IEP”だけは説明を今回まであとまわしにしました。それはなぜかと言うと、前回説明したSpEdの思想を「骨格」としたら、IEPはその思想を形あるものにする「血や肉」とも言える重要な存在だからです。(ちょっと生々しい例えですが・・・)

 

 IEPって?

 Individualized Education Programの略で、生徒1人1人のニーズに合わせた個別支援プランのことを指します。その膨大なペーパーワークには、その生徒の障害カテゴリ、受けるサービスの種類・時間・頻度・目標、学力テストの種類・試験環境、日頃の教室内での支援内容などなどが、すべて盛り込まれています。数多いSpEdの専門用語の中でも”IEP”は一般の先生にも馴染みがあるようで、この一言を伝えれば「特殊教育がからんでる!」とわかってくれます。

 

  IEPに至るまで

 さて、ここまで特殊教育の説明をしてきましたが、当然のことながら、これらのプログラムは誰でも受けられるわけではありません。”Eligible”=法律で定められた条件を満たし、通常の学校生活に支障をきたすコンディション(障害)が認められた生徒のみが受けられるものです。

では、例えば、ご自分のお子さんについて・・・

  • 言葉の発達が他の子に比べて著しく遅いようだ。
  • 他の子供らと遊びたがらないし、なじめていないようだ。
  • 頑張っても頑張っても授業について行けていない。etc.

 このような気がかりがある場合、どういったプロセスを踏めば、お子さんに最適な支援が受けられるようになるのでしょうか?今回は、学齢期(幼稚園以上)のお子さんがSpEdプログラムを受けるまでの段取りをお話します。それより小さなお子さんの場合は、後ほどEarly Interventionのお話の中でふれようと思います。

 

 始めの一歩

  お子さんの学校のことで気になる事があったら、まずは担任の先生にお話してみてください。先生は日頃から大勢の子供と接しているので、他の児童と進歩の差が著しい場合は、先生の方から相談がくることもあるかもしれません。まず最初のステップは、SSTです。(イニシャル用語、ひき続き登場です!)

1)SST (Student Study Team)
 Child Findと呼ぶところもあるようです。まずは「障害」を疑う(=SpEdに助けを求める)前に、一般教育の範囲内でどんな手助けができるかということを、保護者と学校スタッフが一緒になって考えます。ここでは、児童の発育歴や家庭状況も含めできるかぎりの情報収集をして、問題の原因解明に努めるとともに、これまで行ってきたサポートを見直し、今後のサポート・プランを立てます。

 サポート案は、放課後の補習授業であったり、テスト時間の延長であったり、家で練習する余分なプリントや暗記カードであったり、小児科への相談であったり、子供を早く寝かせることであったり、その内容は様々です。生徒の勉強に対するプレッシャーを軽減するために宿題を減らすこともあります。

 こうして、チームが一丸となって子供のニーズを見極め、足りない部分を補ってあげると、それだけでグンと伸びる生徒もいます。このような場合は、SpEdは不要です。それでもなお、状況の改善が見られないときに、SpEdが考慮されます。このように、SSTは真の障害でないものを、誤って障害と呼んでしまわないように区別するために、とても重要なステップなのです。

2)検査
 保護者が検査を許可する書類(Assessment Plan)にサインをしてから、60日以内にそれぞれの専門家が担当分野の検査をし、結果を検討することが法律で定められています。

 これはSSTの時点で済ませておくべきことですが、検査を進める前に、生徒が1年以内に聴力・視力検査をパスしているということが必須です。目や耳は脳への情報の入り口なので、子供の知識や能力を検査するのなら玄関口がキチンと働いているか確認することは当然ですね。

 実際の検査は、発達の遅れが言語や発音のみに限られる場合はスピーチセラピスト(SLP)による検査のみ。その他、学習障害などが疑われる場合は、学校心理士(school psychologist)による認知テスト&情報処理機能テストと、リソース・スペシャリスト(RSP)による学力テストの合同検査が必要となります。大概の検査は、30分〜60分程度のセッションが1〜3回ほどで終わります。

 では、それぞれの検査で、生徒はどのようなことをする(させられる?)のでしょう?

【SLPによる言語・コミュニケーション検査】 

  • 指示通りに絵を指差す。
  • 絵に関する質問に口頭で答える。
  • 絵を見て状況・話を説明する。
  • 話を聞いて質問に答える。
  • 文章を復唱する。
  • 反対コトバや類義コトバなど、ボキャブラリーの質問に答える。
  • 会話をする。etc.

 会話を通じたコミュニケーションの評価なので、読み書きを要しません。

【RSPによる学力検査】

  • 読みと読解
  • 書き
  • 計算etc.

 「学力」と言うだけあって、俗に「お勉強」と呼ばれる種の課題が主です。

【心理士による心理・認知力検査】

  • 絵や形を複写する。
  • パターンの空白を埋める。(例:○○▽◆○_▽◆)
  • 線柄のついたブロックを使って、絵に描かれた形を作る。
  • 数字やコトバの羅列を、順番通りまたは逆に復唱する。
  • 自画像を描く。(自分像から、情緒的な面を評価するためのようです)etc.

 なんだか楽しそうです。言語検査と似たようなタスクも多々ありますが、いわゆる頭脳ゲームのような、クイズっぽくておもしろそうな課題も盛りだくさんです。もっとも、検査されている本人は、そんなお気楽なことは言っていられないでしょうけれど・・・。

検査室で見知らぬ大人と1対1・・・という非日常的な環境での検査以外に、教室や校庭やカフェテリアなどの普段の学校環境の中で、自然体の子供を観察することも大切な検査の一部です。また、保護者の方にも、お子さんの発育歴や家での様子をたずねる質問用紙(問診表)の記入を頼まれるかと思います。あらゆるアングルから評価することが、大事なのです。

3)IEPミーティング

 ここで、いよいよ本格的(?)にSpEdのテリトリーに突入です。検査の結果、法律で定められたSpEdサービスの資格条件を満たす(”eligible”である)と判断された場合、IEPミーティングを開き、生徒のニーズに合わせた課題目標・サービス内容の詳細を決めます。このミーティングには、校長、担任、検査をした専門家、当然ながら保護者、そして時には生徒自身が参加し、チームで内容を検討します。

 冒頭にも書きましたが、IEPには受けるSpEdプログラムのほか、試験を受けるときの環境条件や工夫(時間の延長、計算機の使用、大人による問題文の音読、など)や、家から離れた学校の特殊学級(SDC)に移ることが決まった場合のスクールバスの送迎の有無なども記されます。「IEPに書かれたことは、絶対に実行せよ!」とされているので、暗黙の了解に頼るのではなく、こうして全て明記しておくと安心なのです。

 幾枚ものIEP用紙に書かれた内容をすべて確認した後、保護者側が、「全てに同意します」との署名をすると、ミーティングはおしまい!もし納得のゆかない部分があったら、署名拒否もOKです。このような場合は、学校側に、再度ミーティングを申し込んでください。

4)サービス開始

  これらの下準備を経て、ようやく支援サービスが開始するわけです。以後、年に1度ミーティングをもち、個々のIEPのレビューを行います。そして3年毎には、また専門家とニラメッコの再検査が行われます。こうして、常に成長してゆく子供に合わせて、支援の内容も改善してゆきます。

 

  ざっとこんな流れ

 はい、これでも「ざっと」です(苦笑) こんな場合は・・・あんな場合は・・・と書いていたらキリがないですので、これにて完結。さて、これまでは広い意味での特殊教育のお話をしてきましたが、次回は自分の専門分野であるスピーチセラピーのお話をしたいと思います。わりと知名度も低く、私をこよなく愛した祖母ですら「地味ねぇ・・・」とこぼしたスピーチセラピーとはどんなものか、ご紹介します。

 

 

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言語検査のブックレット。
左の絵の中で、
”The girls have dressed for the game”を示すものは、どれでしょう。
結構、細かい文章構成を理解していないとややこしい問題。
 

IEP用紙。
最低限でこれだけの枚数を要する。
またこれを、学校、保護者、学校区用など、4〜5部コピーするので大変!

私の教室の前の廊下には、各学年の作品が展示がされている。

先日、廊下に出た途端、壁を埋め尽くす空飛ぶ真っピンクなブタたちが目に飛び込んできた。思わずパシャリ。
2006/4/17

つづく
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