スピーチセラピスト (カリフォルニア在住13年)
鑓溝(やりみぞ)純子

4回 スピーチセラピー◆パート1 【Speech障害】

 

 

 私が人一倍、言語に興味を持つようになったのは、小さい頃に英語に触れたことがきっかけだと思います。小学校2年生まで住んでいたイギリスでは、兄妹ゲンカも寝言も英語だったそうです。しかし、日本帰国後には親の努力もむなしく、さーっぱり英語を忘れてしまったようです。それでも当時、日本では子供の英語教育が今ほど盛んではなく、小学校では英語で名前が言えたり、ABCを全部知っていたりすると、おぉ〜と驚かれたものでした。そんな経験が、「英語好き!英語得意!」という自信というか、プライドというか・・・につながったようです。単純なものです。

 その後も、カナダでフランス語を勉強したり、大学で中国語のクラスをとってみたり、アダルトスクールで手話を習ってみたり、言語に対する興味は未だに絶えません。そんな私を見て、生前の祖母は「この子の行く末は、大臣か外交官か!」と、まんざら冗談でもない口調でたびたび言っていました。・・・もっとも、私の足をみて「カモシカのような足だね〜」と言い切ったのも、この世で祖母1人でしたが。おババの目に映る孫娘の将来は、ピカピカキラキラの希望の光に満ち満ちていたのでしょう。

 「スピーチセラピストになるよ」と、どちらかと言うと大臣や外交官の表舞台職とは正反対の裏舞台的な職業を目指していることを打ち明けると、祖母は「地味ねぇ〜」と笑っていました。たしかに華やかではありませんが、この仕事にはそれなりの魅力があります。その1つはやはり、色々な人と関わり、一緒に問題解決に取り組めることです。言語障害と一言で言ってもその問題は多岐にわたり、セラピーも必然的に多様になります。

 セラピーの焦点は大まかに、speechと languageの2分野に分けられます。我々が、speech and language pathologist(SLP)と呼ばれる所以でもあります。Speechが、「音」や「聞こえ方」に関する分野なのに対し、Languageは、文法やボキャブラリーなど「内容」や「言い方」に関する分野のことです。今回は、前者のspeechの障害について、ちょっとしたエピソードやアドバイスも交えてお話したいと思います。

 

 ◆発音 = Articulation◆

 英語で最も子供が発音するのに苦労する音は何でしょう?それは、日本人キラーでもある”R”です。サ行で舌がペロっと出てしまう「舌たらず」の子も割と多いのですが、私の経験では、”R”がダントツ1位です。なぜ”R”がそんなに難しいのでしょう?単純に言えば、それは「見えない音」だからだと言えます。”P”や“T”や”F”などは唇や舌や歯の動きが見えるのに、”R”は舌を喉の奥の方にギュッとしまい込む感じなので、音の出し方が見えないのです。

 子供によく見られる間違いは、単に”R”が抜けていたり、”W”を差し換えてしまうことです。”door” が日本語のように「ドア」だったり、”ring”と”wing”が両方”wing”に聞こえてしまうんですね。「赤ちゃん言葉で可愛い」で済むうちはいいのですが、アメリカ英語(特にカリフォルニア州)には多く使われる音なので、2、3年生くらいで”R”ができないと、特訓特訓!です。

 一方、シリーズ音が全部言えない子はたいへんです。この「シリーズ」とは、パターンが色々あるのですが、最後の一音が抜けて「パーク」が「パー」になってしまったり、フーと息の漏れる音が出せなくて”Fun”(ファン)が”Pun”(パン)になってしまったり、話の意味を大きく変える場合があるので、たいへんです。さすがに「元気?」と聞かれて、”I’m fine”「私は元気です」と言ったつもりが、”I’m pine” 「私は松の木です」では困ります。

 実際の私の生徒の話。公園の池の話をしているときに、しきりに「どーぁ、どーぁ」と言ってニワトリのように肘を曲げて腕をパタパタさせているので、「そうね、ダックもいるね」と答えると、彼はノーと否定。その後、何度彼が繰り返しても「どーぁ、どーぁ」としか聞こえなく、私は「??」。やがて、背中に手をあててパタパタしだしたので、「わかった!シャークだね!」と言うと、彼はパァっと笑顔になって頷きました。”SH”が”D”になり、”R”が言えなくて、語尾の”K”が抜ける3パターンが重なると、こうなるのです。しかも、公園の池にシャークは・・・大きく的ハズレです・・・。

 発音の訓練は、日々練習!舌も筋肉なので、続けてトレーニングをしないと上達しません。英語を練習中の皆さんも、1週間に1度の1時間レッスンより、1日10分の練習をしてみてはいかがでしょうか?

 

  ◆吃音 = stuttering◆

 吃音(きつおん)とは、一般的に言う「どもり」のことです。アメリカでは、人口の1%あたりの人が吃音を持っているそうです。「わーーーたしの、私のなまえは、じ、じ、じ、じゅんこ・・・です。」というように、意思に反して言葉や音を伸ばしたり、繰り返したりして、話がスムーズにしにくい障害です。ハッキリとした原因はわかっていません。しかし、焦ったり、緊張してしまったりすると、ひどくなることがわかっています。自分の名前でつっかかってしまい、悔しい思いをするという人も、少なくないようです。

 「子供の頃はどもっていたけど、今は大丈夫」という人もわりといますが、長引く吃音は視力と同じで自然回復するものではありません。一方で、吃音は対人関係に直接影響するので、視力以上にハンデが大きいと言えます。しかも最近では、レーザー手術などで視力回復が可能になりました。しかし、吃音を直す簡単なスベはありません。ですから、どもりを治すというより、上手につきあっていく方法を身につけることが一番大事なのです。我々にできることは、どもる子自身の自分に対するプラスの気持ちと話すことに対する自信を育むことにあります。

 どもる人と接することがあったら、子供、大人に関係なく、次のことを心がけてください。

  1. 話を最後までさえぎらずに聞く。
  2. 途中で、文章の残りを察して「言ってあげる」ことは絶対しない。
  3. 「もう一回最初から言ってごらん」と、無理矢理くりかえさせない。
  4. せかしたりプレッシャーをかけたりせず、ストレスフリーな環境を心がける。
  5. 要は、余計な気を遣ったりせずに自然に。

 

 ◆声 = Voice◆

  学校では、風邪でもないのに生徒のガラガラ声が長期的に続いたりすると、まず耳鼻咽喉科のお医者様によるノドの検査で、声帯に異常がないことを確認してから、稀にセラピーをすることもあります。このような場合、声を治すというよりも、声を守る方法を教えることが先決です。上手に使いさえすれば、声は自然に治ってゆくはずなのです。

 ふくらんだ風船の口を引っぱると「ピー」っと音がしますね。声の出るしくみは、その原理と少し似ています。肺(=風船のふくらんだ部分)から空気が押し出されると、薄いヒダのような左右の声帯(=すぼまった風船の口)がブルブルっと震え、声(=音)がでます。そのヒダにおでき(ポリープ)や傷などがあって上手にブルブル震えないと、ガラガラ声になります。風邪などでノドが腫れているときや、ノドがカラカラに渇いているときも、同じことが起きます。

 風邪のひき始めなどで、おや?と思った時は、水分を充分に摂ることが大切です。健康な肌と一緒で、張りを保つために声帯を潤すのです。咳が出ると、スースーする咳止めをなめたりしますね。わりと知られていないのが、こういったメントール系の飴は、ノドを乾かしてしまうということです。そうすると、声にはかえって逆効果だったりします。利尿作用のある風邪薬なども同じです。それから、タンを出そうと無理な咳をするのもよくありません。「エッヘン!」とする瞬間、声帯には、ドシンとぶつかったような衝撃が加わります。それは、まるで青あざ同士をぶつけているようなものなので、症状は悪化する一方なのです。他の皮膚と同様、怪我が続くと傷が永遠に残ることもあります。一生かすれ声では困りますね。声も充分にいたわってあげてください。

 

  ◆次は・・・◆

 以上、Speechの障害をご紹介しました。しかし、受け持ちの生徒の中には、発音には問題がなく、声もきれいに出て、つっかかることもない子らも何人もいます。このような子たちは、一般的に「お話が遅い」と言われる子たちです。そして、お話が遅いことはLanguage障害と呼ばれ、今回ご紹介したSpeech障害とは区別されます。次回は、このLanguage障害とセラピーの例をいくつかご紹介したいと思います。

 

2006/5/15

つづく
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